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チョークアートとチワワな毎日
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9月に父と一緒に旅行をする予定でした。
でもそれは、予定のまま9月が過ぎ去ろうとしています。
 
9月22日。
大好きだった父は母のもとへと旅たちました。 

8月中旬に発症、入院。
誰もが回復するものと信じていただけに
私はまだぼんやりと夢を見ているようです。

最後の1週間、
父は深い深い眠りに入りました。
それはそれは気持ち良さそうに眠っていて
不謹慎だけど思わず笑えたほどです(^^)

22日午後。
私が病院へ到着する寸前に
その眠りは永眠となりました。

父と会えた時には
まだホカホカに温かくて

親族が到着するまでの1時間40分間ほど

私は父の手を握り2人きりで過ごしました。

父とこんな風に手を繋いだのは
いつぶりだろう。

小学校高学年くらいが最後かな。

歳とともに父のカラダは小さくなっていったけれど
手のひらは、私よりも大きくて
ああ、やっぱりお父さんなんだな、って涙が溢れました。

静かに静かに父の体温が失われていくなか
色々な父を思い出しました。

子供の頃、
私が熱を出すと駅前で少し高いプリンを買ってきてくれたこと。

夏休み、
毎朝のように出勤する父を
縄跳びをしながらバス停まで見送ったこと。

夜遅い塾の帰り道、
迎えに来てくれた父と自転車で二人乗りして帰ったこと。

一緒に通勤したこと。

一緒にゴルフの打ちっぱなしにいって帰りに並んでラーメンを食べたこと。

二人で泣きながら母の思い出話をして呑んだくれたこと。

私の娘と初めて対面した時に目を細めて笑った顔。

チョークアートの展示会に来てくれて
会場が女の子ばかりで照れ臭そうにしていたこと。

昔はそれはそれは厳しくて
叱られた記憶ばかりだけれど

それでも
母が亡くなってからのこの10年、

まるで母親のような兄のような友達のような
何でも話せる、優しくて楽しくて頼りになる存在でした。

娘の私が言うのもなんですが
人望厚いヒトでしたので

入院中には毎日のように友人が訪れ、
仕事を引退して暫く経つにも関わらず
沢山の方に参列頂きました。

そのことが娘として心から嬉しくてなりません。

私は、娘の幸せを一番に願う1人の親となりました。
娘には健康で長生きして欲しい。

父もきっと
口には出さない人だったけど
私と姉にそんな願いを抱いていたことでしょう。

これから先、
父の娘として恥じないように
大切に人生を築き歩みたいと思います。

余談ですが
姉と父の思い出話をしていて

「結局、何だかつかみどころのない
    不思議なオッサンだったね、パパ(笑)」

と、いう結論に至りましたσ(^_^;)

いつの時代もどの家庭も
娘にとって、父親はそういう存在なのかもしれませんね。

このブログを楽しみに読んでくれていた父。

父とは毎日のように電話やメールをしていたので

来ないのはわかっていても
ついつい今でも電話が鳴りそうで

まるで
別れた恋人からの連絡を待っているような不思議な感覚です。

イケメンパパ、
  たくさん沢山、本当にありがとう。

また会おうね。







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